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日本ベントス学会

保全活動
自然環境の保全等に関するアウトリーチとして,自然環境保全委員会が中心となり,検討委員の協力を得ながら要望書の提出等を行っています.

これまでに提出した要望書一覧

奄美大島嘉徳海岸の生態系保全を求める要望書
奄美大島嘉徳海岸の護岸建設の見直しを求める要望書(2018年9月)
奄美大島嘉徳海岸の希有な自然の継承のための、護岸によらない砂丘機能の復元と維持管理を求める要望書(2019年3月)
奄美⼤島嘉徳海岸における護岸建設の更なる⾒直しと科学的モニタリングを求める要望書(2022年3月)

津波被災地における生態系保全を求める要望書
津波被災地における陸・海境界域の生態系保全を求める要望書(2015年1月)
小友浦の干潟への残土投入再考および干潟生物への影響評価に関する要望書(2020年10月)
小友浦の干潟への残土投入に関する問題点の把握と今後の工事および追跡調査への要望書(2020年12月)

沖縄県大浦湾の環境保全を求める要望書
著しく高い生物多様性を擁する沖縄県大浦湾の環境保全を求める19学会合同要望書(2014年11月) (English)
埋立地用途変更(普天間飛行場代替施設建設事業)に係る利害関係人の意見書(2020年9月)

沖縄市泡瀬干潟の埋立事業計画に関する要望書
沖縄市泡瀬干潟の生態系の保全に関する要望書(2005年10月)
沖縄市泡瀬干潟における公有水面埋め立て事業に関する意見書(2006年11月)

沖縄県西表島の環境保全を求める要望書
西表島浦内地区のトゥドゥマリ浜(通称月が浜)におけるリゾート施設営業の見直しと環境影響評価の実施を求める要望書(2004年3月)

外来種問題に関する要望書
外来種対策に関する措置についての要望(2003年12月)
船舶による海産外来ベントスの移出入の規制・管理に関する要望(2004年12月)
熊本県における特定外来生物ヒガタアシの駆除強化に関する要望書(2018年10月)

上関原子力発電所建設計画に関する要望書(下記5件PDF

上関原子力発電所建設計画に関する環境影響評価についての意見書(2000年12月)
上関原子力発電所建設計画に関する詳細調査・環境影響評価についての要望書(2005年11月)
上関原子力発電所建設工事の中断を求める緊急声明(2009年10月)
上関原子力発電所建設工事の一時中断と生物多様性保全のための適正な調査を求める要望書(2010年2月)
中国電力の上関原子力発電所建設計画に関する生物多様性保全の見地からの要望書(2010年2月)

瀬戸内海の環境保全を求める要望書
広島県竹原市「ハチの干潟」の生物多様性の保全に関する要望書(2021年9月)
広島県竹原市「ハチの干潟」の生物多様性の保全に関する要望書(2022年2月)

諌早湾干拓事業をめぐる問題に関する要望書(下記8件PDF
諌早湾干拓事業の一時中断を求める要望書(1997年12月)
諫早湾潮受け堤防内に海水を導入する「長期開門調査」を求める要望書(2008年 6月)
諫早湾潮受け堤防内に海水を導入する「排水門開放」の早期実施を求める要望書(2012年 6月)
有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を保全する見地から諫早湾の潮受け堤防の排水門開放を求める要望書(2013年12月)
諫早湾干拓事業の常時開門確定判決無効化の見直しを求める要望書(2020年6月)
諫早湾干拓問題の和解協議において根本的な解決を求める要望書(2021年5月)
諫早湾干拓問題において有明海異変の根本的な解決を求める要望書(2022年10月)
有明海の未来を見据た「真の話し合い」を求める要望書(2023年3月

和歌山県日高川河口干潟の埋め立て問題に関する要望書
日本の重要湿地500選定「日高川河口干潟」における和歌山県による日高港導流堤改修工事の実施に対する要望(2021年7月)

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熊本県における特定外来生物ヒガタアシの駆除強化に関する要望書PDF

日本ベントス学会 自然環境保全委員会
委員長 松政正俊

熊本県における特定外来生物ヒガタアシの駆除強化に関する要望書

環境省の指定する特定外来生物ヒガタアシ(スパルティナ・アルテニフロラ)は,
干潟に繁殖するアメリカ原産のイネ科植物であり,世界的な侵略的外来生物にも含まれている繁殖力の大変強い外来生物です。国内では熊本県と愛知県の2県で侵入が報告されています。

熊本県では2009年に大野川で初めてコロニーが発見されて以来,大野川,白川,坪井川,砂川で侵入が確認されています。白川と坪井川では2013年以降駆除が進んでいる一方,大野川では駆除がほとんどなされず,年々生息面積が増加し,現在合計1.5万平方メートルに達しています(図:熊本県のヒガタアシ面積の変遷)。今後も生息地での分布拡大は確実であるだけでなく,種子や草体破片による有明海全体への分布拡大,さらに県内外の水産物搬入地への拡散が懸念されます。

本種は在来植物の生息できない塩分の高い干潟上にも繁茂できることが特徴です。本種の侵入で干潟が覆われることにより干潟の環境は大きく変化し,干潟の泥の表面や土中に生息しているムツゴロウなどの魚類やアサリなど貝類に大きな影響を与えます。これはこれらを採集する漁業や,干潟面を活用する海苔養殖漁業に大きなダメージを与えることにつながり,中国ではすでに漁業被害が出ています。また分布の拡大により,ヨシなどの在来の植物と混在,競合し,駆除は時間が経つほど困難になり,駆除費用は膨大になります。現状は一刻の猶予もありません。

本種の防除方法を早急に見直し・確立するとともに,防除を進め根絶をしていただきますよう,強くお願い申し上げます。

提出先:熊本県知事,環境省九州地方環境事務所長

参考資料
「平成23年度 九州地方(地域)干潟等沿岸部外来種侵入状況調査」(九州地方環境事務所,2012 年)
「平成26年度 スパルティナ属調査等業務」(九州地方環境事務所,2015 年)
「熊本県環境生活部環境局自然保護課資料」(熊本県未発表資料,2018年)

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奄美大島嘉徳海岸の護岸建設の見直しを求める要望書PDF

一般社団法人日本生態学会 自然保護専門委員会委員長 吉田 正人
日本ベントス学会 自然環境保全委員会委員長 松政 正俊
一般社団法人日本魚類学会 自然保護委員会委員長  森  誠一

日本全国の砂浜が護岸によってその姿を損ねる中、鹿児島県大島郡瀬戸内町の嘉徳には、護岸のない、自然度の高い砂浜海岸が残されています。しかし、台風などによって砂浜海岸が侵食され、2014~2015年には嘉徳集落の一部に崩落の危機が迫り、鹿児島県大島支庁によって護岸建設が計画されました。一方、嘉徳海岸の自然度の高さや希少さを惜しむ人々の中から反対の声が上がり、大島支庁は計画を一時白紙に返して、検討委員会を立ち上げました。そして、2017年度の3回の検討委員会において侵食の原因、対策、環境影響について議論し、当初計画の護岸長を3分の1に減じ、護岸を砂で覆い、アダンなどの海浜植物の植栽を施すという新しい護岸建設計画を発表し、今年秋にも着工する予定と聞いています。

当初の護岸工事計画を、一旦白紙に戻し、検討委員会を立ち上げて再検討行ったことは高く評価できます。しかし、この検討の中で、最も根本的な砂浜の侵食の原因や、今後予測される砂浜の動態等については、科学的な検討が十分にはなされていないと考えます。例えば、沖合における海砂採取が砂浜侵食に与えた影響や、砂浜の自然回復に対する護岸建設の影響等を科学的に評価・予測しないまま、護岸建設を進めることには重大な瑕疵があると言わざるを得ません。

 われわれ3学会は、以下の理由により、この新しい護岸建設計画も、鹿児島県が誇る、そして奄美の宝とも言える嘉徳海岸の貴重な自然を失う可能性が極めて高いことを危惧しています。そのため、現在計画されている護岸建設工事着工を見合わせ、この嘉徳海岸の砂浜を永続的に保護する方策を科学的に検討されるよう、下記の通り強く要望します。


 奄美大島の南部、鹿児島県大島郡瀬戸内町の嘉徳海岸は、琉球列島の中では珍しい、サンゴ礁に縁取られていない、岩石由来の砂粒からなる「非サンゴ礁性」の砂浜を有する海岸の1つです(資料1参照)。日本の亜熱帯域における砂浜の多くはサンゴ礁性のものですが、嘉徳海岸の砂浜は、その西側に流入する自然河川の嘉徳川によってもたらされた砂が長い年代にわたって蓄積したものです。こうした非サンゴ礁性の砂浜のうち、人工物のない自然海岸は、嘉徳海岸のほかには今では西表島にしか認められず、きわめて重要なものです。
 護岸の全くない砂浜海岸は、日本列島全域を見てもきわめて稀になっており、そうした希少な砂浜の1つを有する嘉徳海岸は、すこぶる高く特色ある生物多様性を擁しています。この海岸は、アオウミガメ・アカウミガメ {いずれも、絶滅危惧IB類(IUCN: 国際自然保護連合)、絶滅危惧II類(環境省)) が産卵のために上陸することで知られ、2002年には、オサガメ {絶滅危惧IA類(IUCN)} の上陸も記録されています。オサガメは生きた化石とも言われ、厳重な保護が求められており、日本では嘉徳海岸以外での上陸は記録されていません。また、天然記念物のオカヤドカリ類が3種、豊富な個体群を維持しており、このことは、陸と海との連続性が良好に保たれていることを意味しています。この砂浜の生物多様性の高さは、これまでの砂浜の打ち上げ調査により約430種の貝類が報告されていることからも窺えます。このうち絶滅が危惧されるレッドリスト記載種が33(環境省:27、鹿児島県:13、共通:7)種報告されており(資料2参照)、その中のタママキ類、ナミノコガイ類などの二枚貝類は、非サンゴ礁性の砂浜の指標種であり、このような環境は現在の奄美・沖縄地域では、嘉徳海岸にしか残されていません。
 嘉徳海岸には、自然林の中を流れ下る嘉徳川が注いでいます。この嘉徳川には、沖縄で絶滅したリュウキュウアユが健全な個体群を維持しており、河口付近には、絶滅危惧種を含む汽水性貝類が豊富です。このように嘉徳には、琉球列島には数少ない非サンゴ礁性の砂浜の生態系が奇跡的に手つかずで残されており、その自然は、海と陸との連続性と、海と川との連続性がともに良好に保たれている場所として、きわめて価値が高いと言えます。 

 このように我々は、嘉徳海岸が、日本の亜熱帯域では数少ない非サンゴ礁性砂浜を有する場として、海と陸・海と川との連続性が良好に保たれたエコトーンとして、護岸のない手つかずの砂浜を有する海岸として、そして、多くの絶滅危惧種を擁する極めて多様性の高い場所として、かけがえのない貴重な自然海岸であるという認識に立って、以下のように要望します。

1. 嘉徳海岸の砂浜侵食の原因を科学的に検証し、砂浜を含む嘉徳海岸の貴重な生態系が未来に残されるために真に有効な解決策を策定すること。

2. 有効な解決策を実施する場合においても、その実施前に生物調査を行い、嘉徳海岸の生物多様性と生態系への影響を科学的に予測するとともに、監視委員会を設け、実施中・事後も環境調査を継続して結果を公表し、必要な場合は環境・生態系保全のための対策を講ずること。

 豊かな自然が残り、いくつもの絶滅危惧種が生息し、その場所の重要さが様々に指摘されている嘉徳海岸では、厳に護岸建設を避けるべきであり、科学的なデータに基づく原因の追及と対策を考える検討委員会を再び立ち上げて、現計画の見直しを行い、貴重な自然と景観を未来の世代に残せるよう、計画の再考を強く要望します。
以上

提出先:鹿児島県知事,鹿児島県議会議長

資料1: 「沖縄・奄美大島の砂浜を構成する砂粒の粒度および組成」 (沖縄国際大学・山川彩子ら)
資料2: 「嘉徳海岸で確認された貝類のレッドリスト掲載種」 (貝類多様性研究所・山下博由)

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奄美大島嘉徳海岸の希有な自然の継承のための、護岸によらない砂丘機能の復元と維持管理を求める要望書
PDF)

本要望書は、鹿児島県が検討・計画している奄美大島・嘉徳海岸の侵食対策事業について、公表されている検討委員会(事務局:鹿児島県大島支庁瀬戸内事務所建設課)の結論等を精査し、次の2点を要望するものです:

1)人工物のない希有な自然海岸としての嘉徳海岸の稀少性と生物多様性の価値の再評価と、コンクリート護岸に頼らない砂丘機能の復元と維持管理

2)侵食対策事業の実施前、実施中、実施後における生物・環境調査の継続的実施と、その結果の事業へのフィードバック

 鹿児島県が有する、極めて希有な自然、掛け替えのない財産の継承のため、前向きにご検討いただきたく、お願い申し上げます。




 鹿児島県が検討・計画している奄美大島・嘉徳海岸の侵食対策事業については、その検討委員会(事務局:鹿児島県大島支庁瀬戸内事務所建設課)の結論を受けて、具体的な事業が実施されようとしている。動植物や海岸工学に精通する専門家および地元関係者等からなる検討委員会は、3回の委員会での議論を経て、次の提言を行っている:

・ 重力型のコンクリート護岸を最低必要な範囲(当初計画の3分の1程)に設置をし、それ以外の部分は継続的にモニタリングしつつ植栽による侵食抑止策を施すこと
・ 護岸の構造としては耐用年数が長く、問題が生じた場合には撤去しやすいものとすること
・ 仮設道路のつけ方と維持管理に留意し、荒天による海域への流出などが生じないよう配慮すること
・ 工事期間中における野生の動物への配慮を行政・工事関係者に徹底してもらうこと
・ 特にウミガメについては、繁殖の時期は砂浜の足跡等には十分に注意し、確認された場合は専門家に相談して保護すること

こうした嘉徳海岸侵食対策事業検討委員会(以下、「検討委員会」とよぶ)による環境への配慮は評価に値する。しかし、一方では、この事業による損益の評価、特に自然海岸としての嘉徳海岸の稀少性と生物多様性に関する評価、および事業の遂行に伴う環境へ配慮事項について、軽視ないしは見落とされている点が認められ、これらについて、前掲の2点を強く要望するものである:

1) 人工物のない希有な自然海岸としての嘉徳海岸の稀少性と生物多様性の価値の再評価と、コンクリート護岸に頼らない砂丘機能の復元と維持管理

2) 侵食対策事業の実施前、実施中、実施後における生物・環境調査の継続的実施と、その結果の事業へのフィードバック


日本ベントス学会はベントス(底生生物)を対象とした研究者の集団である。ベントスとは、検討委員会でも取り上げられているオカヤドカリ類を含む甲殻類、二枚貝類、巻貝類、多毛類など水底にすむ生物の総称であり、極めて多様な生物群からなる。ベントス学会の学会員には生物系の研究者が多いが、それぞれが専門とする研究分野は分類学、生態学、生理学など理学的なものはもちろん、水産学、工学、環境学など人との関わりを考える応用科学的なものまで多方面にわたり、学際的な学術集団となっている。これは、ベントスが沿岸や河川、あるいは湖沼などの水域の生態系において、我々の食料となる水産資源あるいはその餌生物として重要であることに加え、水質の浄化や環境形成においても重要な役割を果たしていることの表れである。従って、本要望書の内容はベントス研究者の視点からなるものであるが、同時に豊かな自然を有する鹿児島県や奄美大島、嘉徳の住民の皆様にとっても有益な情報を含むと信じるものである。是非ご一読いただき、鹿児島県、奄美大島、嘉徳の将来をより良いものにすべくご検討くださるよう、お願い申し上げる。

1)−1 稀有な自然海岸としての嘉徳海岸
日本ベントス学会会員である山川彩子氏(沖縄国際大学:自然環境保全委員会「沖縄・八重山問題検討委員」)とその学生は、沖縄県で47、鹿児島県・奄美大島の15の自然な砂浜海岸における砂粒構成物の割合や粒度組成を調べ、それぞれの砂浜の立地条件とともに纏めている。その結果、岩石由来(陸由来)の砂粒が8割以上を示す砂浜は沖縄では1箇所、奄美大島では3箇所のみであった。嘉徳海岸はその3箇所の1つであり、かつ人工構造物が全く見られない稀有な(おそらく唯一の)陸由来の砂からなる自然海岸である(添付資料1)。

 こうしたことから、嘉徳海岸に人工構造物を設置すること自体が、鹿児島県そして日本において大きな損失を伴うことを今一度ご考慮いただきたい。その上で、嘉徳に暮らす皆様の安全・安心を保障する海岸侵食対策の方法については、より慎重に検討を重ね、従来のマニュアルのみには捉われない、斬新な環境配慮型の手法を導入する等、野心的にご対応いただくことをお願いする。

1)−2 稀有な生物の生息空間としての嘉徳海岸
 添付資料2は、日本ベントス学会に所属する3名、山下 博由氏(貝類多様性研究所)、向井 宏氏(海の生き物を守る会)および山川 彩子氏による嘉徳海岸のベントス相に関する解説である。貝類相は主に貝殻の収集による推定であるが、極めて高い生物多様性を有する海岸である可能性が高く、この点が検討委員会では十分に考慮されていないことは残念である。
 また、検討委員会において、前浜とその陸側の砂丘の問題を分けて考えていることは極めて高く評価できるが、ベントスの生活史全体を考えると、しばしば砂丘、前浜、あるいはその他の生息場所を成長段階などに応じて移動しつつ生活している点が見逃されているようである。言い換えると、ある生物種の個体群を健全に維持するためには、その生活史で利用する生息空間をセットで保全しなくてはいけない。例えば、今回重視されているオカヤドカリ類は、その成体は砂浜上縁やその陸側で暮らすが、幼生は海で放たれ、幼稚体は前浜で貝殻に入り込む。すなわち、幼生が育つ沿岸水域、それらが陸に戻る過程で暮らす浅海、前浜などの潮間帯の環境も良好に維持されなくてはオカヤドカリ類の個体群は存続できないことになる。

 これらより、侵食対策が講じられる砂浜上縁部のみならず、前浜や出来れば浅海域も対象としたオカヤドカリ個体群の追跡、ならび生物多様性のモニタリングを、侵食対策を講じる前から継続的に実施することを強く求める。この際には水質(濁度など)や流れなどの環境要因も追跡し、場合によっては即座に侵食対策の一時休止を行うなど、臨機応変な対応をお願いする。そのためには、検討委員会のメンバー、あるいはその他の専門家を環境アドバイザーなどとして配置し、常に意見を求められる体制を構築することが望ましい。

 環境・生物のモニタリングの意義は、上記のほかにもあり、それらについては後述する。

1)−3 重力型コンクリート護岸に頼らない砂丘機能の復元と維持管理

 嘉徳に住む方々の安全と安心を第一に、という検討委員会の判断は揺るぎないものである。そうした立場で、検討委員会では6つの侵食対策案が提示されており、それらは大きく2つのタイプに分けられる。1つは「恒久対策」として提示された3種類の工法で、想定した外力に対抗できる直立コンクリート護岸ないしは鋼矢板式護岸を設置し、その海側を砂で覆ってアダン等を植栽し景観を保つというものである。もう1つのタイプは、残りの3つの「侵食後退抑止案」であり、浜崖基部をサンドパック、砕石、ないしはブロックで補強し、その上を砂で覆って植栽するというものである。このタイプは、砂そのものが外力を吸収し、侵食を抑制するもと思われ、より自然の浜堤に近い。検討委員会では、侵食を抑止する構造体は、ある程度の耐用年数を有し、想定された外力に抗する固有財産でなくてはいけないという観点から、「恒久対策」である重力型コンクリート護岸の設置を結論づけている。しかし、公開されている検討委員会での議論を見ると、自然の浜堤(砂丘)による防災も認め、堆砂垣等による砂丘の回復促進等についても議論している。これは自然度の極めて高い嘉徳海岸における侵食抑止対策を考える上で、最も重視すべき視点・議論と考えられるが、残念ながら、検討委員会における最終的な提言案には「浜堤の自然再生を促す」という視点は活かされていない。検討委員会では、嘉徳海岸の場合、以前のような砂丘に戻るには時間がかかるものの、砂が比較的早く戻って来ていることも確認されている。その他の多くの砂浜海岸とは異なり、嘉徳海岸では砂浜の自然回復を促進するという方法が有効であると考えられる。これに対して、重力型のコンクリート護岸は、波浪に抗して恒久的に存続するだけの剛性を有するが、それだからこそ護岸を覆う砂や植栽は波浪によって掃流されやすいように思われる。

 そこで、本要望書では、まず検討委員会で想定しているような30年に一度の波浪によって「恒久対策」案の護岸を覆う砂や植栽は流出するかしないか、もしも流出する場合、その自然回復はどの程度見込めるかを推定することを求める。

この点は極めて重要であり、もしも30年に一度の波浪で砂・植栽が失われ、その自然回復が見込まれないのであれば、現在提示されている「恒久対策」を採用した場合には、30年以内に直立護岸が露出した状態となり、再投資無くしては砂丘・浜堤の機能の回復は望めなくなってしまうことになる。また、このコンクリート護岸本体のみが残るケースでは人の安全は守られるので、砂丘・浜堤の機能回復のための再投資が認められる可能性は低くなると思われる。

従って、本要望書では、いかなる侵食対策案が採用される場合でも、その案には砂丘・浜堤の自然回復を促す仕組みを組み合わせることを強く要望する。

砂浜は稀少生物の住み場所となるだけではなく、砂粒の間隙の微生物による水質浄化機能をもち、砂の浜堤は海岸植生とともに、後背地を波浪から守る減災機能をもつ。


2)−1 生物・環境調査の継続的実施とフィードバック

 既に、1)−2において、嘉徳海岸におけるオカヤドカリの健全な個体群、および生物多様性の維持のために、前浜や浅海域を含む生息空間におけるモニタリンの必要性を述べた。さらに、未だ人工構造物が建造されていない自然度が高い嘉徳海岸の場合、今回の侵食対策によって次のような人為的影響が顕著に現れる可能性が高く、注意が必要である:

2)−1(a) 貴重な貝類群集への影響
1)−2で示した添付資料「鹿児島県大島郡瀬戸内町嘉徳海岸のベントス相の特徴と保全の必要性」で述べたように、様々な視点(種多様性、群集の特性、生物地理学的特性、レッドリスト種の存在など)から、嘉徳の貝類群集の貴重性は著しく高く、保全の必要性が高い。このことが、鹿児島県、工事施工関係者に認識されることを希望する。嘉徳海岸は、今後の環境教育のフィールドやベントス研究の場としても重要なものであり、その科学的・社会的価値が広く認識されることが望まれる。
検討委員会では、海中の貝類は護岸工事の影響を受けないという判断しているが、嘉徳の貝類群集は現在まで人為的撹乱のない環境に成立している稀少なものであり、護岸建設による波浪環境の変化、砂の移動、化学物質の海域への流入などによって、海棲貝類の生息にも影響が及ぶ可能性があると考えられる。

2)−1(b) 土砂の持ち込みやそれに伴う外来種の移入
他所からの土砂の持ち込みについても、海砂や川砂の場合は水生生物、陸上の土砂の場合は昆虫や微小生物が一緒に移入することが予想され、生態系の撹乱が危惧される。また、嘉徳海岸では、種多様性の高い貝類の打ち上げ・遺骸集団が見られ、生物学的な価値が非常に高い。嘉徳海岸に他地の海砂がそのまま持ち込まれると貝殻も同時に持ち込まれるため、自然の遺骸集団の存在に大きな混乱をもたらす。すなわち,生物学・自然史的観点から、海砂の持ち込みは回避されなければならない。さらに、ベントス群集は、現在までの自然な粒度淘汰に応じて成立しているため、粒度の混乱をもたらす土砂の持ち込みも回避されるべきである。

2)−1(c) 輸送車・重機・船舶の出入り、および資材の持ち込み等に伴う外来種の移入
土砂の持ち込みのみならず、トラックなどの出入り、資材の持ち込みによって外来植物の種や微生物などが持ち込まれ、また、船舶によっては海産の外来種が移入する可能性があり、本来の生態系に大きな影響を与えることが危惧される。輸送車や船舶の影響はあまり注目されていないが、外来種の分布拡大がタイヤについた泥や、船舶への付着等によっても促されることを考えると、この点についての配慮も必至である。

2)−1(d) 水質や底質の汚染
嘉徳海岸は、これまで大きな人為的水質汚染をまぬがれており、それが豊かな海洋生態系の維持の一因と考えられる。開発工事に伴う化学物質(溶剤など)やシルトの水域への流入による海洋生態系への影響が危惧される。化学物質には長期に亘って底質に滞留するものもあり、砂底に生息するベントス、あるいは食物連鎖を通して水産資源、そして人への影響が懸念されるため、その選定は慎重に行い、使用は最低限に抑えられるべきである。

 以上のことから、土砂や資材の持ち込み、輸送車や船舶の行き来を最低限に管理しつつ、外来生物および外来の生物遺骸の移入・流入を阻止すること、ならびに前浜・浅海および河川を含む生物群集、および水質・底質のモニタリングを侵食対策の前・最中・後と継続して行い、問題が生じた場合には必要な措置(資材の搬入の停止、資材の搬入元の変更、化学溶剤の使用停止、あるいはシルトプロテクターの設置など)を講じることを要望する。

日本ベントス学会 会長 堤 裕昭
提出先:鹿児島県知事

資料1資料2表1



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津波被災地における陸・海境界域の生態系保全を求める要望書
(PDF)

日本ベントス学会自然環境保全委員会
委員長 佐藤正典

 東日本大震災から 3 年半が経過した今、被災各地で復興工事が急ピッチで進められている。なかでも、東北地方太平洋沿岸域では、大津波の被害が甚大であったため、防潮堤、河川堤防、海岸防災林を震災前よりも大きく強固なものにするための工事が、自然の生態系に対する配慮を欠いたまま、急速に進められようとしている。
 陸と海の境界部に位置する沿岸部や汽水域にはきわめて高い生物生産力と特異な生物相を有する生態系が存在する。干潟(砂泥質の潮間帯)、塩性湿地(ヨシ原など)、海草藻場(アマモ場など)の生態系はその代表的なものである。これらの生態系では、様々な微細環境に特徴的なエビ・カニ類、貝類、ゴカイ類などの底生動物、塩生植物、魚類、シギ・チドリ類などの鳥類が生息しており、それらが生態系の様々な機能(水質浄化、水産資源の生産地あるいは稚仔魚の養育場、洪水や高潮の緩和作用、釣りなどレクリエーションの場)を大きく支えている。これらの生態系を保全し次世代に受け渡してゆくことは、長期的な視点からは、広く国民の生命・財産を守ることになる。
 東北地方太平洋沿岸の多くの干潟、塩性湿地、海草藻場では、底生動物が大津波によって一次的に消滅したが、その後、次第に回復してきており、中には震災前よりも多くの底生動物種がみられる場所もあることがわかってきた。しかし、被災地の復興工事では、「今後の海岸堤防等の整備について(国土交通省水管理・国土保全局海岸室平成24 年 5 月)」や「今後における海岸防災林の再生について(林野庁治山課平成 24 年 2月)」において「生態系の保全・復元のための空間確保」や「地域の生態系保全の必要性」が指摘されているにもかかわらず、適正な環境影響評価(環境アセスメント)が実施されないまま、大規模な工事(巨大防潮堤の建設など)が進んでいる。そのため、稀少な底生動物(添付の資料参照)の生息場所となる干潟や塩性湿地が、各地で消滅・改変の危機に瀕している。
 今、本来の生物相がよみがえりつつある干潟生態系などが、性急な復興工事によって二次的被害を受けることが強く懸念される。沿岸域の生態系やそれを支える特異な生物相の種多様性を保全し、次世代が末永くこれらの自然の恩恵を受けることができるよう、私たちは以下のことを要望する。

1)復興工事の計画にあたっては、たとえそれが原状回復の事業であっても、計画段階 から生態学の専門家の意見を十分聞いた上で、「豊かな自然環境と生態系を次世代に引き継ぐ」という環境影響評価法の理念に基づいた適正な環境アセスメントを実施すること。
その際は、防潮堤、河川堤防、海岸防災林などを震災前と同じ場所に復活させる「原状復帰」を絶対的な前提としないで、可能な限りそれらを内陸部に移動させ、陸と海の境界部分に位置している重要な自然生態系の復元に努めてほしい。被災地の干潟や塩性湿地では、津波による撹乱をほとんど受けず、高い種多様性が保持されているところが存在する。こうした場所は、近隣の干潟にとって幼生の供給源(ソース群集)として特に貴重であるため、その保全に万全を期していただきたい。また、震災後に新たに形成された干潟や塩性湿地も各所に存在する。こうした場所は、震災によって消失した干潟の生態系機能を補完するために重要なので、できるだけ維持されるよう、土地利用のあり方を吟味してほしい。
2)復興工事の実施にあたっては、施行方法などについて生態学の専門家の意見も聞いた上で、その地域に特有の自然生態系の維持・回復に十分に配慮すること。また、工事前後に、生物相の変化を監視するためのモニタリング調査を行い、重大な問題が発見された場合には、生物多様性保全の観点から順応的な対応を実施すること。その際は、特に以下の点に留意していただきたい。
a. 底生動物の多くはプランクトン幼生期を持つため、幼生期を送る海と、成体が生息する干潟や後背陸地との連続性を確保する必要がある。陸と海の間に構造物を建設する際には、彼らの往来を可能とする連絡路(水路など)を確保するとともに、汽水環境維持のための淡水供給経路(河川水・地下水)を分断しないよう配慮すること。
b. 稀少な底生動物の多くは分布範囲が狭く、作業道の建設で踏み固められたり、土砂に埋没するだけで容易に死滅する。このため、干潟や塩性湿地内への道路敷設を極力避けるなどの配慮を行うこと。
c.画一的な復興工事が広域で一斉に行なわれると、その場所に生息していた底生動物が避難する場所がなく、絶滅に至る可能性が高い。このため、工事は複数の工区に分けて期日をずらして行なうとともに、工事箇所の底土(底生動物にとっての生息基質)を、工事期間中、近隣の潮間帯に取り置くなどの措置を行なうこと。

添付の資料:東北地方太平洋沿岸の海岸(汽水域を含む)に生息している絶滅の恐れのある底生動物(ベントス)

提出先:国土交通大臣、環境大臣、岩手県知事、宮城県知事、福島県知事

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著しく高い生物多様性を擁する沖縄県大浦湾の環境保全を求める19学会合同要望書(PDF)

日本生態学会、日本ベントス学会自然環境保全委員会、日本鳥学会、
日本魚類学会、日本動物分類学会、日本昆虫学会、種生物学会、
日本藻類学会、日本植物分類学会、植物地理・分類学会、日本植生史学会、
日本花粉学会、日本霊長類学会、日本衛生動物学会、日本遺伝学会、
日本生物地理学会、日本陸水学会、日本動物学会、地学団体研究会
(順不同)

 西太平洋の熱帯域に発達するサンゴ礁の生態系は、世界中の海の中で最も高い生物多様性を擁する場所として知られ、その保全は国際的な重要課題として認識されています。日本の琉球列島は、その豊かなサンゴ礁生態系の北限に位置しています。
 しかし、琉球列島の多くの場所では、これまでの沿岸開発による海岸線の改変や、陸上部の開発に伴う赤土などの流出によって、サンゴ礁の生態系が大きく損なわれ、ここで育まれてきた豊かな生物多様性が失われつつあります。
 そのような中にあって、沖縄本島東岸の北部に位置する名護市辺野古・大浦湾周辺には、サンゴ礁とそれに隣接する多様な自然環境がこれまで大きな破壊を受けることなく残っており、そこには著しく高い生物多様性が保持されています。このようなサンゴ礁生態系は世界に誇るべきものであり、その保全は、生物多様性条約の締約国である日本の責務と言えます。
 現在、この豊かなサンゴ礁生態系が残されている大浦湾において、その湾口部付近(辺野古周辺海域)を埋め立てて米軍基地飛行場を建設する計画が進んでおり、2014年8月から海底ボーリング調査(埋め立て本体工事の準備)が始まっています。
 このまま埋め立て工事が進むならば、この海域に残されているかけがえのないサンゴ礁生態系の豊かさが、その価値を多くの国民に認識されないまま、永久に失われてしまう可能性があります。
 大浦湾周辺のサンゴ礁生態系は、以下のような特筆すべき特徴と価値を持っています。

1. 大浦湾一帯は、世界の生物多様性のホットスポットのひとつと認識されている我が国の中でも極めて生物多様性の高い地域であり、防衛省の環境影響評価書では5334種もの生物が海域から記録されています(水鳥を含む。資料1)。そこには262種もの絶滅危惧種が含まれています。また,その後の調査によって,巨大なナマコの未記載種やカイメン、クラゲムシ、ウミトサカ、ウミウシ、カニなどの未記載・未記録種が次々に報告されています(資料2)。多くの未記載種が最近になって報告されていることから(そのうち11種は2007年以降に新種として記載されました)、この海域の種多様性は現在認識されているよりももっと高い可能性があります。そして、慶良間諸島や八重山諸島のサンゴ礁では見つかっていない数多くの生物が大浦湾に生息しているという事実が、この海域のかけがえのなさをよく表しています。
2. 大浦湾一帯には、多様な環境が隣接しあいながら、豊かな生態系を作り上げています。よく繁った亜熱帯林から流れ出る自然度の高い川と、その河口に発達するマングローブ林、湾を縁取る自然海岸(砂浜と岩礁)と干潟、よく発達したサンゴ礁とその内側に発達する海草藻場、湾内の深みに広がる細砂底や砂泥底、ガレ場−−それらが国内ではここでしか見られないきわめて特徴的な生態系を作り出しています。ジュゴンの食み跡の残る広大な海草藻場、高さが7mにもなるマジリモクの藻場、巨大なハマサンゴの群体が続く浅瀬、アオサンゴの大コロニー、ブンブクやナマコが豊産する細砂底、沖縄島で最も多くの種の魚が溯上する川などは、この生態系の貴重さを際立たせています。ジュゴンには長距離移動をする個体がいることが最近報告され、沖縄本島のジュゴン個体群はフィリピンの個体群とつながっていると見ることができます。この視点は、ジュゴンの生息場所である海草藻場の生態系を良好に維持し続けることの重要性を示唆しています。
 上記のような調査結果は、大浦湾一帯が、生物多様性保全という視点から見れば、我が国で最も貴重な海域の一つであるということを示しています。
 この海域での埋め立て計画については、環境影響評価法に基づいて、環境影響評価書(補正後の環境影響評価書)が2012年12月に提出されていますが、そこでは、総合評価として「環境保全への配慮は適正であり、環境保全の基準又は目標との整合性も図られていると判断しました」と結論されています。しかし、この評価書では最近発見された未記録・未記載種(資料2)が掲載されていないだけでなく,多様な環境が複合しているこの海域の特異性がきちんと評価されていません。
 以上の認識に基づき、自然史研究にたずさわる者が組織する学術団体である19学会(またはその下部組織である環境保全部門の委員会)の連名で、国および沖縄県に対し、下記のことを要望します。
1.埋め立て工事に向けたすべての手続きについて、環境と生態系を次世代に引き継ぐことを視野に入れた持続的な開発のあり方の視点から見直すこと。
2.環境影響評価の際に欠落していた事項(分類学的検討が十分に進んでいない無脊椎動物の種多様性やこの海域の特異性)に関する再調査を実施し、万全の評価を行なうこと。

提出先:防衛大臣、沖縄防衛局長、環境大臣、沖縄県知事

添付資料
資料1 環境影響評価書中の各分類群(海域生物と水鳥類)の種数と絶滅危惧種の数
資料2 辺野古・大浦湾海域から近年報告された特筆すべき生物種

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上関原子力発電所建設計画に関する環境影響評価についての意見書

 日本ベントス学会は、本年10月に開かれた全国大会(仙台市)の総会において会員から提起された表記の問題について、日本沿岸のベントス(底生生物)の種多様性の研究と保全の立場から、総会および自然環境保全委員会の中で、真剣な議論を行ってきました。今回の追加調査の中間報告を読む限りでは、希少種を含む生物多様性の高い特異な生態系の保護・保全にとって多くの問題が未解決のままであると判断されます。 1999年に施行された新しい環境影響評価法のもとでは,科学的な調査・予測・評価結果をもとに事業の進め方を広く社会的に議論することとなっております。そこで、われわれは以下の意見を表明するとともに、それを補足するため問題点について申し述べる事にしました。本学会としても,今後とも底生生物の研究を進め科学的な知見を集積し,環境影響評価等の実施に貢献したいと考えております。危機的な状況にある日本の沿岸の生物多様性と生態系を子孫に残すため、われわれ専門家の意見を十分活用され、真摯な取り組みをお願いします。

意見:
環境影響評価にあたっては,下記の諸項目にご留意いただきたい。
1)カクメイ科の巻貝ヤシマイシンはきわめて微小であるが軟体動物の系統進化において重要な位置を占め、西太平洋域においては他に産地を見ない貴重な種である。生息地、生息環境が限られているため,その生息地の保全が保証されなければならない。
2)希少種としてナガシマツボ(軟体動物門腹足綱),カサシャミセン(腕足動物門無関節綱),ナメクジウオ(原索動物門頭索綱)等への影響評価が十分になされなければならない。
3)生態学会ワーキンググループによる比較的限られた調査においても,発電所予定地周辺海域は高い生物多様性が残された海域であることが示唆されているので,それに対する十分な影響評価が必要であること。
4)今回示された中間報告では,以上の3点に対する調査および環境保全措置を含めた予測・評価が不十分な点がみられるので、現時点で早急に結論を出すべきではなく,再度適正な方法での調査・予測・評価が行われるべきである。

上記各項目と対応する中間報告書の問題点:
1).カクメイ科巻貝の分布と種存続の可能性について。対象水域の潮間帯タイドプール(潮溜まり)にヤシマイシンが多数生息することが判明している。重要なのはこの貝が浮遊幼生期を欠く直達発生であるらしいことである。タイドプールという限られた棲み場所に棲み、しかも直達発生であると、ある棲み場所から新しい棲み場所へ分布を広げる機会はきわめて低いと考えねばならない。中間報告書は、過去の報告例が上関と大分県の姫島であることから、「伊予灘から周防灘の広い範囲で確認されている」と楽観的に述べているが、2ヶ所で採集されたのは同じ科の別の種で、ともにごく最近新種として報告されており、瀬戸内海という比較的均一な環境のなかでも限られた海域の中でも限定された海域の潮間帯のきわめて限定された棲み場所に点在しているのが実状である。
2).タイドプールのカクメイ科の巻貝と、ナガシマツボに似た巻貝の調査が、目視観察でなされ、ナガシマツボは見当たらなかったと述べているが、このような小型の貝の調査は、何らかの定量的方法で細かく調べる必要がある。 また、中間報告書では,タイドプールを確保するために,透過堤を設置するとなっているが,単に水が入れ替わるタイドプールがあれば良いというものではなく、当該種の生態や生息を可能にしている環境条件を十分調べないままに安易な対策を講じることは,当該種の絶滅を招きかねない。
3).潮間帯生物、底生生物については、主要な出現種の記述にとどまっており、希少な種についてはふれられていない。希少な種を含めすべての種について影響を考えるべきであり、種のリストおよび標本を公開すべきである。
海産希少種についての日本のリストアップの不完全性について、底生生物(付着生物、マクロ・メガロベントス)について、ナメクジウオを除いて、「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」(環境庁)では海産生物、特に無脊椎動物については国レベルでの整備が著しくおくれており、わずかに軟体動物8種、甲殻類7種のみであり、海産稀少種をこれによって判断することが無意味なことは環境庁もよく分かっている。 実際にはこの「レッドデータブック」に載っていない多くの海産無脊椎動物が絶滅の危機にあり,その一端は和田恵次ほか(1996)「日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状」などから知ることができる。現在整備中の各県でのレッドデータブックではこれらのなかの若干種を含めている。法的整備が整わなくても希少種が絶滅する前に専門研究者の報告などを参考にされ、影響評価において慎重な取り扱いをお願いしたい。
4)温排水の影響について. 中間報告書でも一応ふれられているが,放出水による水温変化だけでなく、冷却水の取り込みによるベントス・魚類の卵・幼生・稚仔の死亡についてはまったく記載が無い。冷却水と一緒に取り込まれた卵・幼生・稚仔は,ほとんど死亡すると考えられている。生物に対する定量的な予測・評価は難しい面もあるが、現状における最良の努力で予測・評価をおこなっていただきたい。
2000年12月8日
日本ベントス学会 自然環境保全委員会
委員長 向井 宏

提出先:山口県知事、中国電力(株)社長、通商産業大臣
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上関原子力発電所建設計画に関する詳細調査・環境影響評価についての要望書

2005年11月25日
日本ベントス学会 会長  向井 宏

日本ベントス学会は2000年12月に、上関原発環境影響評価中間報告書(2000年10月)についての意見書を当時の山口県知事あてに提出いたしました。その後中国電力から2001年6月に公表された最終報告書を、当学会自然環境保全委員会で改めて検討し、また現地の状況を視察した結果、希少種を含む生物多様性の高い特異な生態系の保護・保全にとって多くの問題が未解決のままであると判断いたしました。そうした中で、本年3月からは陸上での詳細調査が、また6月からは海上での詳細調査が中国電力によって開始されました。しかし、陸上での詳細調査(ボーリング調査)の際に、環境保全計画を遵守せずに濁水がそのまま排出されるという事態が発覚し、早くも沿岸海域への影響が懸念される現状に至っております。
日本ベントス学会では、自然環境保全委員会および本年9月24日に行われた全国大会(北海道厚岸町)での総会において論議を積み重ね、ベントス(底生生物)の研究と保全の立場から、上関町長島の沿岸底生生物の現状が、その貴重さにもかかわらず極めて憂慮すべき状態にあるという認識に至りました。そこで、われわれは以下の要望を、それを補足するための環境影響評価書及び詳細調査の問題点について申し述べる事にしました。本学会としても,今後とも底生生物の研究を進め科学的な知見を集積し,環境影響評価等の実施に貢献したいと考えております。危機的な状況にある日本の沿岸の生物多様性と生態系を子孫に残すため、われわれ専門家の意見を十分活用され、真摯な取り組みをお願い致します。

要望:
1)発電所建設予定地では、ヤシマイシン、ナガシマツボ(軟体動物門腹足綱),カサシャミセン(腕足動物門無関節綱),ナメクジウオ(原索動物門頭索綱)等、多くの希少種・絶滅危惧種の生息が確認されている。2001年6月に公表された環境影響評価報告書でも、これらの生物への影響評価が十分になされていないため、中国電力が詳細調査を再開する以前に、山口県は、科学的に適正な環境影響評価が行なわれるよう、中国電力に対して勧告・指導することを要望する。
2)陸上と海中の生態系は分断されたものではなく、物質循環を通じて相互に密接に関わっているものであることが、近年(特に1990年台に入って)明らかになってきている。本建設予定地においても、陸上の詳細調査が海洋生態系、特に移動能力の小さいベントス群集に大きな影響を及ぼすことが懸念される。また、建設予定地周辺の海域はベントスのみならず、多くの魚介類が生息する生産性の高い豊かな漁場であり、海上での詳細調査(ボーリング調査)自体が海域に及ぼす影響も懸念される。そのため、中国電力は、詳細調査の作業規模と工法の検討を行ない、その詳細調査自体が沿岸のベントスや海域環境に与える影響を適正に評価し、希少・貴重種の保全に万全の配慮をするべきであり、その調査結果の公表と第3者による公平な評価を経るまでは、詳細調査は中断すべきである。山口県は、詳細調査が上関町長島の貴重な自然環境を損なわないよう、中国電力に対してそのように勧告・指導するよう要望する。
3)中国電力が、環境保全計画を遵守せずに詳細調査を行なっていたという事実を踏まえ、山口県は、ベントス希少種の保護と沿岸域の包括的な保全のために、上記1)および2)のいずれにおいても中立的且つ学術的な調査がおこなわれ、その調査結果が全面的に公開されるよう、中国電力に勧告・指導するよう要望する。

上記各項目と対応する最終報告書および詳細調査の問題点:
1)2001年6月に中国電力から提出された最終報告書には、日本ベントス学会が2000年12月に提出した意見書の内容が全く反映されていない。例を挙げるならば、まず、カサシャミセンに関する記述が皆無であり、当然この種の保全策は全く述べられていない。本種はかつては東京湾や瀬戸内海の各地に生息していたが、現在では長島の他瀬戸内海の一部でしか見られないきわめて珍しい生物である。本種は有明海に生息するミドリシャミセンガイなどとともに、生物進化の研究上貴重な種群であり、生物多様性の観点からも本種とその生息地の保全は強く求められるものである。しかるに、最終報告書においては、カサシャミセンが生息する埋め立て予定地の玉石帯が全く調査されておらず、ベントス研究に携わる学会としては極めて遺憾といわざるを得ない。本種は2000年1月に山口市で行われた日本貝類学会大会において、他の希少貝類とともに長島での生息が報告されており、最終報告書に盛り込まれていないことは理解に苦しむ。また、出現生物のリストが不完全であることは言うまでもない。リストに挙げられた出現種数に対して、具体的に種名が挙げられている種数は極めて少ない。比較的多くの種名が出ている場合でも、全出現種の4分の1程度、顕著な場合には、100種近い動植物が確認されていながら、10から15種類しか種名が記載されていない。貴重な種類は本来個体数が少ないものであり、最終報告書に種名が挙げられなかった生物種には、希少種が入っていた可能性が高い。全出現種のリストの開示、標本の公開が求められる。これらの2点に限らず、日本ベントス学会から提出した2000年12月の意見書を再度検討していただき、貴重な沿岸生態系と生物多様性の保全に関して真摯に御対応いただきたい。
2)自然環境保全委員のメンバーが本年8月に現地を視察したところ、長島田ノ浦の海岸において、陸域詳細調査が行なわれている場所の崖下にあたる潮間帯最上部に泥水の流入が確認された。こうした現象は詳細調査が行われる以前には見られなかったことであり、環境保全計画を遵守せずに濁水が排出された陸上のボーリング作業の影響であることはほぼ間違いない。沖縄県では農地や建設現場からの赤土流出によって、海洋生態系が甚大な影響を被っているが、本州においても、沖縄とは土壌環境が異なるとはいえ、陸上からの急激な土砂・泥水の流出が沿岸生態系に好ましくないことは言うまでもない。詳細調査にあたっては、陸上から沿岸海洋への影響を考慮した作業規模と工法の検討を改めて行ない、新たな環境保全計画を策定すべきである。
海上での詳細調査については、前項に述べたとおり当海域の生物相に関する基礎的な資料が不十分であり、特に希少種ナメクジウオの情報が不足しているため、性急な実施は控えるべきである。まず、希少なベントスに関する現状を十分に把握し、その保全対策を十分に検討した後に、詳細調査実施の可否、実施するならばその方法と必要最小限の実施規模を真摯に検討するべきである。
山口県は、現行の詳細調査が抱えるこのような問題点を認識した上で、貴重な自然環境の保全に充分に配慮した詳細調査が行なわれるよう、中国電力を指導すべきである。
3)前述したように、本年9月に、陸上での詳細調査が環境保全計画を遵守せずに行なわれていたことが発覚した。原子力発電所建設のための工事自体ではなく、事前の詳細調査においてさえ環境保全計画を遵守できない中国電力が、希少種の保護とその生息環境の保全に向けた検討を十分に行なうことができるのか、強い危惧を覚える。山口県は、中立的且つ学術的な調査の実施、その結果の全面的な公開、さらには、第三者による評価が必ず行なわれるよう、中国電力に対して勧告・指導すべきである。
以上


提出先:山口県知事
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上関原子力発電所建設工事の中断を求める緊急声明

2009年10月1日
日本ベントス学会 自然環境保全委員会
委員長 逸見 泰久

ベントス(底生生物)の研究者で組織している日本ベントス学会は、瀬戸内海周防灘(山口県上関町長島)において計画されている原子力発電所建設計画に対し、これまで2度にわたり(2000年12月と2005年11月)、当該事業者(中国電力)と監督行政(山口県、通商産業省)の責任者に対して、適正な環境影響評価を求める要望書を提出した。同様の趣旨の要望書は、日本生態学会からも提出されている(2001年3月)。これは、当該海域が、瀬戸内海本来の自然環境と生物相を今日までよく保存しているまれな場所であるにもかかわらず、原子力発電所建設計画に関して十分に適正な環境影響評価が行なわれていなかったためである。
しかし、これらの要望書は、当該事業者からも監督行政からも、全く無視されている。未だに原子力発電所の建設は正式に認可されていない段階にも関わらず、事業者は、建設予定地で森林伐採などの陸域での工事を進めており、山口県知事は、海域の埋め立てを許可した。
このように複数の学会からの再三の要望を無視し、不十分な環境影響評価のままで性急に工事が進むことはきわめて異例なことであり、前近代的な「暴挙」である。このままでは、周防灘に残されてきた豊かな生物相とそれに支えられた沿岸漁業が壊滅的な打撃を受けるのは必至である。環境保全に慎重さを欠いた開発が、後日にとりかえしのつかない被害をもたらした歴史を、もはや近代社会はくり返すべきではない。しかも、生物多様性保全は、国際的に合意された今日の重要課題である。日本は、2010年に開催される第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)のホスト国として恥ずかしくない姿勢を示すべきである。

以上のことから、上関原子力発電所建設計画にかかわる一切の工事を中断し、最近の科学的知見をふまえた適正な環境影響評価を改めて実施することを求める。


提出先:山口県知事、中国電力(株)社長
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上関原子力発電所建設工事の一時中断と生物多様性保全のための適正な調査を求める要望書

生物学研究者の組織である3つの学会(日本生態学会・日本ベントス学会・日本鳥学会)の環境保全関係委員会は、2010年1月10日、広島市の広島国際会議場で、「瀬戸内海の生物多様性保全のための三学会合同シンポジウム」を開催いたしました。このシンポジウムでは、「上関(かみのせき):瀬戸内海の豊かさが残る最後の場所」という主題のもとに、中国電力の上関原子力発電所建設計画に対して3つの学会が提出した合計10件の要望書が総括され、以下の点の重要性が改めて確認されました。
1)瀬戸内海西部の周防灘、とりわけ上関周辺海域は、瀬戸内海の本来の自然環境と豊かな生物相が今なお良く残っているという点において、たいへん貴重な場所である。ヤシマイシン近似種などの巻貝類、カサシャミセン(腕足動物)、ナメクジウオ(原索動物)、ミミズハゼ類(魚類)、スナメリ(水棲哺乳類)、カンムリウミスズメ(鳥類)などの様々な生物群の希少種・絶滅危惧種が、この海域から相次いで発見されているという事実は、他の場所ではすでに失われてしまった瀬戸内海の生態系の本来の姿が、この海域にまだ保持されていることを示すものである。これは、瀬戸内海全体の現状からみれば、「奇蹟的」とすら言えることである。したがって、今日の国際的合意である「生物多様性保全」の見地から、ホットスポットとしての上関周辺海域の環境保全には格段の配慮が必要である。我々の生存基盤を支えている生物多様性を次世代に引き継がねばならないことは、生物多様性基本法(添付資料1参照)や瀬戸内海環境保全特別措置法(添付資料2参照)にも明記されている。
2)中国電力による上関原子力発電所建設計画に係る環境影響評価(2001年)は、この海域の特殊性に配慮したものとは言えず、問題の多いものであった。私たちは、これまで一貫して、科学的により説得力のある環境影響評価を求めてきた。しかし、中国電力は、私たちの要望を考慮することなく、海域埋め立て工事を着工しようとしている。
3)原子力発電所は、通常の運転にともない、同規模の火力発電所に比べて、より大量の熱を海に捨てる。この過程(冷却水の取水•放水)における急激な水温上昇と付着生物防止剤(=殺生物剤)によって、水中の小さな生物(魚類の卵•稚仔を含む各種のプランクトン)が大量に死滅する。このため、原子力発電所の建設は、海の生態系に対して、単純な海域埋め立てよりも、はるかに大きな影響を及ぼす。上関は、半閉鎖的でかつきわめて生物生産力の高い内海に位置するので、この問題が一層慎重に検討されねばならない。しかし、中国電力は、この点に関して十分な調査と検討を行わないまま、「影響は少ないものと考えられる」と結論している(添付資料3参照)。海外の研究例では、二枚貝の幼生プランクトンは付着生物防止剤に特に弱いという知見がある。したがって、この問題に対する慎重な影響評価とそれに応じた対策を怠ったまま計画を進めれば、上関周辺だけでなく広島湾のカキ養殖等にも影響が及ぶような漁業被害が発生する恐れがある。また、それに加えて、恒常的な温排水の放出による局所的な水温上昇は、イカナゴに代表される冷水系の生物を減少させ、熱帯性外来生物の瀬戸内海への侵入を促進する恐れもある。このような漁業被害が発生した場合の社会的損失ははかりしれなく大きい。そのような被害を未然に防ぐことは、何よりも重要である。
4)カンムリウミスズメは、国の天然記念物であり、きわめて生息数が少ない「絶滅のおそれがある種」として、世界的に注目されている海鳥である。中国電力による調査結果を含めて、最近の研究によって、上関周辺海域が本種の周年生息域である可能性が高まった。この地では、2008年以降、育雛中の家族群が毎年確認されているが、そのような場所は、他には全く知られていない。中国電力は、カンムリウミスズメの保護のためにも上関周辺海域の自然環境保全に最善の努力をすべきである。

以上のことから、私たちは、中国電力に対して、次のことを要望します。
1) 上関原子力発電所建設計画に係わる海域埋め立て工事を一時中断すること。
2) 3学会から提出された要望書の内容に沿った適正な調査を実施すること。
以上。

2010年2月15日
日本生態学会・自然保護専門委員会 委員長 立川賢一
日本鳥学会 鳥類保護委員会委員長 早矢仕有子
日本ベントス学会 自然環境保全委員会委員長 逸見泰久

提出先:中国電力(株)社長

<添付資料1>
生物多様性基本法(2008年6月施行)
前文(抜粋)  
「人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。また、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。」
「我らは、人類共通の財産である生物の多様性を確保し、そのもたらす恵沢を将来にわたり享受できるよう、次の世代に引き継いでいく責務を有する。」


<添付資料2>
瀬戸内海環境保全特別措置法(1979年施行)
第三条  
政府は、瀬戸内海が、わが国のみならず世界においても比類のない美しさを誇る景勝地として、また、国民にとつて貴重な漁業資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであることにかんがみ、瀬戸内海の環境の保全上有効な施策の実施を推進するため、瀬戸内海の水質の保全、自然景観の保全等に関し、瀬戸内海の環境の保全に関する基本となるべき計画を策定しなければならない。


<添付資料3>
中国電力による環境影響評価書 第9 - 1表(8)
調査、予測及び評価の結果の概要
3. 卵・稚仔及び動・植物プランクトン
「卵・稚仔及び動・植物プランクトンは冷却水の復水器通過により多少の影響を受けると考えられるが、調査海域に広く分布していることから、調査海域全体としてみれば卵・稚仔及び動・植物プランクトンへの影響は少ないものと考えられ、--」
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中国電力の上関原子力発電所建設計画に関する生物多様性保全の見地からの要望書

生物学研究者の組織である3つの学会(日本生態学会・日本ベントス学会・日本鳥学会)の環境保全関係委員会は、2010年1月10日、広島市の広島国際会議場で、「瀬戸内海の生物多様性保全のための三学会合同シンポジウム」を開催いたしました。このシンポジウムでは、「上関(かみのせき):瀬戸内海の豊かさが残る最後の場所」という主題のもとに、中国電力の上関原子力発電所建設計画に対して3つの学会が提出した合計10件の要望書が総括され、以下の点の重要性が改めて確認されました。
1)瀬戸内海西部の周防灘、とりわけ上関周辺海域は、瀬戸内海の本来の自然環境と豊かな生物相が今なお良く残っているという点において、たいへん貴重な場所である。ヤシマイシン近似種などの巻貝類、カサシャミセン(腕足動物)、ナメクジウオ(原索動物)、ミミズハゼ類(魚類)、スナメリ(水棲哺乳類)、カンムリウミスズメ(鳥類)などの様々な生物群の希少種・絶滅危惧種が、この海域から相次いで発見されているという事実は、他の場所ではすでに失われてしまった瀬戸内海の生態系の本来の姿が、この海域にまだ保持されていることを示すものである。これは、瀬戸内海全体の現状からみれば、「奇蹟的」とすら言えることである。したがって、今日の国際的合意である「生物多様性保全」の見地から、ホットスポットとしての上関周辺海域の環境保全には格段の配慮が必要である。我々の生存基盤を支えている生物多様性を次世代に引き継がねばならないことは、生物多様性基本法(添付資料1参照)や瀬戸内海環境保全特別措置法(添付資料2参照)にも明記されている。
2)中国電力による上関原子力発電所建設計画に係る環境影響評価(2001年)は、この海域の特殊性に配慮したものとは言えず、問題の多いものであった。私たちは、これまで一貫して、科学的により説得力のある環境影響評価を求めてきた。しかし、中国電力は、私たちの要望を考慮することなく、海域埋め立て工事を着工しようとしている。
3)原子力発電所は、通常の運転にともない、同規模の火力発電所に比べて、より大量の熱を海に捨てる。この過程(冷却水の取水•放水)における急激な水温上昇と付着生物防止剤(=殺生物剤)によって、水中の小さな生物(魚類の卵•稚仔を含む各種のプランクトン)が大量に死滅する。このため、原子力発電所の建設は、海の生態系に対して、単純な海域埋め立てよりも、はるかに大きな影響を及ぼす。上関は、半閉鎖的でかつきわめて生物生産力の高い内海に位置するので、この問題が一層慎重に検討されねばならない。しかし、中国電力は、この点に関して十分な調査と検討を行わないまま、「影響は少ないものと考えられる」と結論している(添付資料3参照)。海外の研究例では、二枚貝の幼生プランクトンは付着生物防止剤に特に弱いという知見がある。したがって、この問題に対する慎重な影響評価とそれに応じた対策を怠ったまま計画を進めれば、上関周辺だけでなく広島湾のカキ養殖等にも影響が及ぶような漁業被害が発生する恐れがある。また、それに加えて、恒常的な温排水の放出による局所的な水温上昇は、イカナゴに代表される冷水系の生物を減少させ、熱帯性外来生物の瀬戸内海への侵入を促進する恐れもある。このような漁業被害が発生した場合の社会的損失ははかりしれなく大きい。そのような被害を未然に防ぐことは、何よりも重要である。
4)カンムリウミスズメは、国の天然記念物であり、きわめて生息数が少ない「絶滅のおそれがある種」として、世界的に注目されている海鳥である。中国電力による調査結果を含めて、最近の研究によって、上関周辺海域が本
種の周年生息域である可能性が高まった。この地では、2008年以降、育雛中の家族群が毎年確認されているが、そのような場所は、他には全く知られていない。日本国政府は、カンムリウミスズメの保護のためにも上関周辺海域の自然環境保全に最善の努力をすべきである。それは、本年10月に名古屋で開催される第10回生物多様性条約締約国会議の議長国としての責務でもある。



以上のことから、私たちは、日本政府に対して、次のことを要望します。
1) 生物多様性保全の見地から、上関原子力発電所建設計画に係わる海域埋め立て工事の一時中断を中国電力に対して指導すること。
2) 3学会から提出された要望書の内容に沿った適正な調査の実施を支援すること。
以上。

2010年2月15日
日本生態学会・自然保護専門委員会 委員長 立川賢一
日本鳥学会 鳥類保護委員会委員長 早矢仕有子
日本ベントス学会 自然環境保全委員会委員長 逸見泰久

提出先:環境大臣


<添付資料1〜3>:中国電力(株)社長あての要望書に添付のものと同文
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諌早湾干拓事業の一時中断を求める要望書

1997年12月11日

底生生物研究者有志
代表者:佐藤正典(鹿児島大学理学部)
(68名の賛同者の氏名と所属を添付)

諌早湾では、大規模干拓事業により3550haの干潟・浅海域が失われようとしている。この事業が策定された1983年当時は、干潟・浅海域の生態学的研究は不十分であり、特に、諌早湾奥部のような泥深い干潟では、調査がきわめて困難であった。そのため、当時実施された環境影響評価では、この海域の生態学的価値が適正に評価されたとは言いがたい。
近年の研究の進展により、干潟・浅海域は、かつて考えられていた以上に重要な価値をもつことが明らかにされつつある。また、これまで調査が困難であった諌早湾の干潟中央部では、1997年4月の潮止め後、干潟の乾燥化が進行し、大量の底生生物が死滅してはじめて、そこに絶滅寸前種とされている貝類(ハイガイ、イチョウシラトリガイ、ササゲミミエガイ、ヒロオビヨフバイ、ウミマイマイ)の大集団が存在していることが明らかになった。これらの新しい知見から、諌早湾干拓事業をこのまま続行すれば、以下の2つの点で、将来の人間の生存基盤が大きく損なわれるおそれがあると考えられる。
1)失われる干潟・浅海域の規模の大きさおよびそこで推定される生物生産力・水質浄化能力の大きさを考慮すると、本事業は、長期的には有明海全体の水産資源に重大な悪影響をもたらす可能性がある。
2)諌早湾は、上記の貝類の他にもアリアケガニなど日本の他の海域にはほとんど生息していない絶滅のおそれのある底生生物が高密度・広範囲に生息している稀有な場所であることが明らかとなってきた。「生物多様性の保全」は近年の重要な国際的合意であるが、諌早湾干拓事業は、この合意に反して多くの生物の絶滅確率を高め、生物多様性を大きく損ねると思われる。
これらの問題点は、事業計画立案時にはほとんど考慮されていなかったことである。今からでもこれらの問題点について、きちんとした影響評価を実施し、失われようとしている干潟・浅海域の生態学的価値について再検討すべきである。そのために、以下のことを要望する。
1)干拓事業を一時中断し、しめきり堤防内に海水を導入することにより、当面、そこの干潟環境を復元すること。
2)「生物多様性の保全」を重視した詳細な環境影響評価を再度実施し、その結果をふまえた本事業の再検討を公開の場で行うこと。

提出先:内閣総理大臣、農林水産大臣、長崎県知事
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諫早湾潮受け堤防内に海水を導入する「長期開門調査」を求める要望書

2008年 6月27日
日本ベントス学会自然環境保全委員会委員長 逸見 泰久
 
本年6月27日の佐賀地方裁判所における「平成14年(ワ)第467号等 工事差止等請求事件」の判決では、「諫早湾潮受け堤防内に海水を導入し、長期開門調査を実施すべき」という判断が示されました。
 日本ベントス学会自然環境保全委員会は、国に対して、この判決内容を真摯に受け止めるよう要請すると共に、有明海の環境悪化を根本的に改善し、豊かな漁業生産力を再生させるための第一歩として、慎重な管理のもとで諫早湾の潮受け堤防内部へ海水を導入する「長期開門調査」を早急に実施し、諫早湾干拓事業が有明海全体の環境に及ぼしている影響を一刻も早く明らかにすることを求めます。
 世界人口が急速に増加している現在、食糧を安定に供給してくれる生態系の保全は、何よりも重要な課題です。このうち、海の生態系によってもたらされる水産資源(魚介類)は、人類にとって最も重要なタンパク源の一つですが、近年、世界的に枯渇しつつあります。わが国においても、近年の資源減少に伴う沿岸漁業の衰退が著しく、過去40年間に魚介類の自給率は大きく低下しました(供給熱量ベースで、1965年の110%から2005年の57%へ)。長期的な視点から日本の食料庫を守るという意味において、日本周辺の海域における水産資源の保全と漁業の復興は極めて重要な課題です。とりわけ、生物生産力の最も高い内海である有明海や瀬戸内海の環境保全は重要です。
 有明海では、広大な干潟の生態系が、有明海全体の漁業生産を大きく支えています。諫早湾干拓事業により有明海奥部のきわめて生産性の高い干潟生態系が大規模に失われただけでなく(消滅した干潟面積は有明海の全干潟の12%)、その地形変更の影響によって、有明海全域の潮汐、潮流が弱まったことが明らかになりつつあります。これらの変化が、近年の有明海の深刻な環境悪化(赤潮や貧酸素水塊の頻発、海底の泥化など)の原因になっている可能性はもはや無視できないものです。
 また、環境悪化に伴う漁業不振も深刻な問題です。かつての有明海奥部における魚貝類や海苔などの生産額は、諫早湾干拓地における農業生産額を遥かに超えていました。これら有明海全域における漁業復興のためには、現在行われているような、人工干潟・覆砂・浚渫などの土木工事による対症療法では一時的な効果しか得られません。諫早湾干拓による影響から目をそらすことはやめて、長期開門調査に伴う底生生物・潮流・底質調査などの基礎的な調査を徹底的に実施することで、有明海における環境悪化の原因を明らかにし、根本的な解決策を講じる必要があります。
 有明海は、固有種を含む特産生物が20種以上も生息している内湾として、日本で他に例のない、かけがえのない場所でもあります。それらの特産生物の主たる生息場所は有明海の奥部海域であり、その多くは今日絶滅の危機にひんしています。近年の有明海の環境悪化は、これらの種の絶滅の危機を加速するものです。「生物多様性の保全」の観点からも、有明海の環境悪化を根本的に改善する対策が求められ、これは2010年に生物多様性条約第10回締約国会議を開催するわが国にとっての責務でもあります。
 諫早湾の調整池の淡水を干拓地の農業用水として利用する当初の計画は、調整池の著しい水質悪化とアオコの大量発生のために、すでに現実的なものではなくなっています。アオコはミクロシスチン等の強力な毒素を産生するため、農業用水への利用には大きなリスクを伴います。したがって、干拓地の農業用水としては、下水処理場から排出される高次処理水を利用するなどの代替案を早急に検討する必要があり、このことは調整池に海水を導入する長期開門調査を実施するための最大の障害がなくなったことを意味します。
 いま、有明海の環境は急速に悪化の一途をたどっています。手遅れにならないよう、対症療法的な一時しのぎだけではなく、根本的な対策を、一刻も早く講じるべきです。そのためには、諫早湾干拓事業の環境に対する影響を正確に知ることが不可欠です。
 日本ベントス学会自然環境保全委員会は、国に対して以下に示す施策を強く要望します。
1)2008年6月27日の佐賀地裁による判決を真摯に受けとめ、ただちに諫早湾潮受堤防内に海水を導入し、有明海異変に対する長期開門調査を開始すること。
2)現在行われている人工干潟・覆砂・浚渫などの土木工事による対症療法に偏った環境改善だけでなく、長期開門調査に伴う潮流・底質・底生生物などの基礎的な調査を徹底的に実施することで、有明海における環境悪化の原因を明らかにし、その根本的な解決策を講じること。
 以上

提出先:内閣総理大臣、農林水産大臣、環境大臣
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諫早湾潮受け堤防内に海水を導入する「排水門開放」の早期実施を求める要望書

2012年 6月7日
日本ベントス学会自然環境保全委員会委員長 佐藤正典

2010年12月6日、福岡高等裁判所は、諫早湾干拓事業と漁業被害との因果関係が争点となった「平成20年(ネ)第683号 工事差止等,諫早湾西工区前面堤防工事差止等請求控訴事件」において、2008年6月の佐賀地方裁判所の一審判決を支持し、「諫早湾の潮受け堤防排水門の5年間開放」を国に命じる判決を下し、その判決が確定した。日本ベントス学会を含む複数の研究者組織がこれまで繰り返し求めていた「長期開門調査」の実施が、司法によって国に命じられたことになる。しかし、判決の確定から1年半が経過した今も、地元自治体などが、判決に従わないことを国に求めているため、排水門開放が遅れている。
日本ベントス学会自然環境保全委員会は、以下に述べる生態学的見地から、排水門開放の遅れが、有明海に残されている内湾奥部特有の生物相の喪失および内湾漁業の崩壊という取り返しのつかない事態をもたらす恐れがあると判断し、国と地元自治体(長崎県、諫早市)に対して、一刻も早い排水門開放を求めることにした。
諫早湾奥部(本明川などの流入河川の感潮域を含む)は、その地理的な特性と有明海特有の大きな潮汐の働きにより、微細な泥の粒子が多く集積する場所となっており、大潮時干出面積2900ha以上の広大な干潟・塩沼地を有していた。そこでは、泥干潟特有の塩生植物や底生珪藻類の繁茂による高い一次生産力が土台となって、多くの底生動物、魚介類、および渡り鳥が養われてきた。この干潟生態系の食物連鎖によって、陸から流入するチッソやリンの多くが生物体に吸収され、最終的には人間の漁業や渡り鳥の捕食を通して、有明海の外に運び出されていたと考えられる。しかも、諫早湾は、漁業にとって、単なる漁獲の場だけではなく、魚介類の産卵・保育の場としても重要であり、有明海内外の広範囲の漁業生産を支えていたと思われる。
しかし、1997年の「潮止め」により、諫早湾奥部(干潟とそれに続く浅海域の合計3550 ha)は、全長約7 kmの潮受け堤防によって完全に閉め切られ、上記の生態系の機能が失われた。以後15年間にわたって、その影響が有明海奥部で累積していると考えられる。このため、当海域では、赤潮や海底の貧酸素状態が多発するようになり、それに伴う底生生物の減少が、漁業者の漁獲減少をもたらしている可能性がある。この一連の過程には、諫早湾の地形変更による潮流の減衰(特に諫早湾湾口部において著しい)が関与している可能性がある。これらの可能性を示す科学的知見をふまえて、裁判所は、「潮受け堤防の閉め切りによって漁業被害が発生した蓋然性が高い」と判断した。
判決で確定した「排水門開放」とは、堤防内の淡水化した調整池に海水を導入することであり、それは、諫早湾奥部の本来の汽水域生態系を部分的に復元することを意味している。今、「排水門開放」を急がねばならない理由として、特に以下の2点を強調したい。
1)諫早湾の閉め切りに伴う有明海の環境変化が、これまでの累積効果によって、加速度的に進行している可能性がある。対策が遅れるならば、有明海奥部の広範囲において、タイラギ・サルボウ(二枚貝類)やエビ・カニ類などの底生生物群集が崩壊し、それらに支えられてきた漁業そのものも崩壊してしまう恐れがある。また、有明海奥部の底生生物群集の中には、多数の絶滅危惧種が含まれている。それらの種が絶滅すれば、元の生態系を復元することが不可能になる。
2)淡水化した調整池においても、環境変化の累積効果によって、きわめて憂慮すべき事態が進行している。調整池内の淡水は、堤防外の海域に比べてチッソ・リンの濃度が著しく高く、近年は、淡水性の藍藻類(アオコ)が春および秋に大増殖を繰り返している。アオコが産出する有毒物質(肝臓毒であるミクロシスチン)は、すでに調整池の水や底泥から検出され、その濃度が年々増加している。この有毒物質を含む調整池の淡水は、干潮時に堤防外の海域に排出されている。このままでは、海域に生息するカキ、アサリなどの底生生物や魚類にアオコ由来の毒性物質が蓄積され、新たな漁業被害が発生する恐れがある。また、調整池の淡水を農業用水に使えば、農作物にもアオコ由来の毒性物質が蓄積される可能性がある。このような被害がひとたび発生すれば、たとえ実害が軽微でも、風評被害によって漁獲物や農作物が売れなくなる恐れがある。アオコは淡水でしか増殖できないため、調整池に海水を導入することによって、すみやかにアオコを消滅させることができる。「排水門開放」は、この問題の唯一の解決策である。
以上の理由から、日本ベントス学会自然環境保全委員会は、国に対して、判決で確定している「排水門開放」を一刻も早く実施することを要望する。また、地元自治体に対しては、その実施に協力することを要望する。

提出先:内閣総理大臣、農林水産大臣、環境大臣、厚生労働大臣、長崎県知事、諫早市長
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2013年12月20日
内閣総理大臣 安倍晋三 様
農林水産大臣 林 芳正 様
環境大臣   石原伸晃 様

有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を保全する見地から諫早湾の潮受け堤防の排水門開放を求める要望書

今から約17年前(1997年4月14日)、有明海の奥部に位置する諌早湾(約100 km2)において、湾奥部36 km2(このうち29 km2が大潮時に干出する干潟)を全長7 kmの潮受け堤防で完全に閉め切る「潮止め」が実施されました。これにより有明海の全干潟の12%(日本の全干潟の6%)が一度に失われました。この大規模干拓事業の目的は、当初は水田のための農地造成でしたが、後に、水田が畑作地に変更され、また、新たな目的として高潮対策などの「防災」が追加されました。
この事業の大きな問題の一つは、干拓によって失われる干潟生態系の重要性がほとんど無視された点にあります。これまでに生物学の基礎研究は、陸と海のはざまに位置する干潟の生態学的な重要性を明らかにしてきました。まず、干潟の生態系は、その高い生物生産力によって、豊富な水産資源を生み出すと同時に、陸から海に流入する栄養物質(窒素やリンなど)の多くを吸収、除去する機能(水質浄化機能)がたいへん大きいことがわかっています。また、そこは、魚介類の産卵・生育の場所としても重要であることがわかっています。さらに、有明海奥部の干潟とそれに続く浅海域は、絶滅が危惧される多くの生物種がまとまって生き残っているきわめてまれな場所であることも重要です。すなわち、諫早湾を含む有明海奥部は、東京湾をはじめとする日本中の内湾が失ってしまった本来の生物相とそれに支えられた高い生産力が最もよく残っている場所なのです。国際的な合意事項である生物多様性保全という観点からは、この海域は、日本の沿岸海域の中で最も保全が重要な「生物多様性のホットスポット」と言えます。
諫早湾干拓事業は、このような有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を大きく損ねてしまうことが当初から懸念されていました。実際に、諫早湾の閉め切り以降、有明海奥部では、大規模な赤潮が頻発するようになり、夏場の海底の貧酸素化も顕著になっています。少なくとも諫早湾内(潮受け堤防の外側)においては、諫早湾の閉め切りが潮流を著しく減衰させたことが明らかになっており、それが赤潮の頻発や海底の貧酸素化を促進していると考えられます。それらの知見に基づいて、生物学の研究者組織(日本魚類学会、日本生態学会、日本鳥学会、日本ベントス学会など)は、1997年から2012年にかけて、同事業の中止・中断、諌早湾の原状復帰、あるいは長期開門調査の早期実施などを求める要望書を合計6件、日本政府や地元自治体に提出してきました(添付資料のとおり)。しかし、これらの要望は無視され、事業が進み、今日に至っています。これまでの要望書の中で危惧された問題は、増々深刻なものになりつつあります。
2010年12月の福岡高等裁判所による確定判決は、諫早湾干拓事業と諫早湾内の漁業被害(大型底生二枚貝のタイラギを対象とした漁業等)の因果関係を認め、「諫早湾の潮受け堤防の排水門の5年間開放」を2013年12月20日までに実施するよう国に命じました。この確定判決は、現在の漁業者の危機的状況を救済するために諫早湾の環境復元を求めています。そのことは、長期的な視点に立って豊かな漁業を支える基礎としての生態系の保全を求めてきたこれまでの私たちの要望に合致するものです。
一方、2013年11月には、長崎地方裁判所が、干拓地に入植した営農者に対する影響などを考慮し、「排水門の開放」を差し止める仮処分を決定しました。しかし、この決定には、「排水門の開放」を差し止めた場合の有明海の環境悪化やそれに伴う漁業被害が全く考慮されていません。有明海の自然の再生を目標に据えた上で、有明海の漁業と干拓地の農業のあり方を総合的に議論する必要があります。有明海奥部における環境悪化の進行は、この海域に残されている生物多様性とそれに支えられた漁業を崩壊させてしまう恐れがあります。たとえば、有明海奥部での漁獲対象物であるウミタケ、アゲマキ、ハイガイなどは、いずれも絶滅が危惧される種であり(日本ベントス学会 2012)、国内では、有明海奥部以外には大きな個体群はもはや存在しません。これらの種の絶滅の危機を回避し、漁業の基盤を維持するためには、一刻も早い諫早湾の環境復元とそれによる諫早湾の干潟生態系の再生が望まれます。
以上のことから、私たちは、日本政府に対して、次のことを要望します。
1) 有明海奥部に残されている貴重な生物相と生態系機能を保全するために、福岡高裁の確定判決に従って、すみやかに「諫早湾の潮受け堤防の排水門の開放」を実施し、諫早湾の干潟生態系の再生を実現させること。
2) 福岡高裁が命じた5年間の「排水門の開放」の間に、諫早湾干拓事業が有明海奥部の広い範囲に環境悪化と漁業不振をもたらしている可能性を検証するため、適正な調査を実施し、それに基づいて、諫早湾の長期的な自然再生を含む新たな有明海の環境保全策を検討すること。
以上。

日本魚類学会 会長 木村清志
日本生態学会 自然保護専門委員会 委員長 矢原徹一
日本鳥学会 鳥類保護委員会 委員長 大迫義人
日本ベントス学会 自然環境保全委員会 委員長 佐藤正典

(添付資料)
これまでに生物学の研究者組織から提出された要望書6件の全文
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2020年6月29日
福岡高等裁判所 第2民事部
裁判長 岩木 宰 殿
裁判官 西尾 洋介 殿
裁判官 北川 幸代 殿

日本ベントス学会自然環境保全委員会
委員長  佐藤 慎一

諫早湾干拓事業の常時開門確定判決無効化の見直しを求める要望書

日本ベントス学会自然環境保全委員会は、貴裁判所で現在審理中の「令和元年(ネ)第663号請求異議控訴事件」において、諫早湾干拓事業の常時開門確定判決無効化の見直しを求めると共に、2010年以降の有明海の環境と生物の変化について広く科学的データを収集して、多角的な視野から有明海異変の根本的な解決を目指して審理されることを要望します。

本委員会では、諫早湾干拓事業をめぐる問題に関して、1997年から現在までに6 回の関連シンポジウムを開催し、単独および日本生態学会・日本魚類学会・日本鳥学会と協同して計4 回の要望書提出を行ないました(資料1)。さらに、2019年~2020年の間に日本ベントス学会誌において有明海研究に関する報告および特集を3号にわたり掲載し、これまでに4編の報告(資料2:佐藤・東 2019, 高橋2019, 堤 2019, 松政ら 2019)と6編の原著論文・総説が発表されました(資料3:折田ら 2019, 山中ら 2019, 大高ら 2019, 資料4:首藤ら 2020, 近藤ら 2020, 佐藤ら 2020)。

これらの研究論文では、諫早湾潮受け堤防の締め切りが有明海の潮流に影響を与えたため赤潮の頻発や大規模な貧酸素水の発生をもたらしたこと(資料2:堤2019)や、干拓調整池からの排水が潮受け堤防外側の海域生態系に悪影響を及ぼしたこと(資料2:高橋2019)などが指摘されています。さらに、過去23年間に毎年蓄積された定量データから、諫早湾干拓調整池に限らず堤防外側の諫早湾口から有明海奥部海域にかけての広い範囲で底生動物群集が1997年の潮受け堤防締め切り後に減少し、それが2002年の短期開門調査で一時的に増加したものの、短期開門が終了した後は2010年以降も現在に至るまで底生動物群集の回復傾向はまったく見られていないという客観的事実が示されています(資料2:佐藤・東2019, 資料4:佐藤ら2020)。

底生動物は、移動能力が低く動きが緩慢なため環境変化の影響を受けやすく、しかも漁船漁業の対象となる魚介類の重要な食物資源としての役割を果たしています。そのため、底生動物が2002年の短期開門の終了以降に回復の兆しが見えない事実は、魚介類にとって重要な食物資源が失われたままであることを意味しており、このままの状態では何年待っても有明海の回復は望めません。

一方、2002年の短期開門は、わずか27日間の海水導入でしたが、それでも調整池や有明海奥部海域において底生動物の一時的な増加をもたらされたことが明らかにされています(資料2:佐藤・東2019, 資料4:佐藤ら2020)。これらの事実は、調整池への海水導入が、短期開門後に実施されてきた海底耕耘や覆砂などの対症療法的な対策に比べて、より即効性のある有効な手段であることを明確に示しています。

本学会がこれまでに提出した要望書4編(資料1)と研究成果の論文別刷(資料2–4)を参考資料として添付します。貴裁判所におかれましては、これらの学術的な知見を踏まえて、諫早湾干拓事業の常時開門確定判決の無効化の是非をご判断いただきますようお願いいたします。

引用文献(添付資料)
資料1
諌早湾干拓事業をめぐる問題に関する要望書

資料2
佐藤慎一・東 幹夫 2019. 諫早湾潮止め後20年間の有明海における底生動物変化.日本ベントス学会誌, 73(2): 120–123.
髙橋 徹 2019. 潮受け堤防による海域生態系の疲弊に追い打ちをかける調整池排水.日本ベントス学会誌, 73(2): 123–128.
堤 裕昭 2019. 有明海奥部海域の環境異変のメカニズムと諫早湾干拓事業の関係.日本ベントス学会誌, 73(2): 128–130.
松政正俊・高橋 徹・金谷 弦・木村妙子・折田 亮・佐藤慎一 2019. メーリングリストを利用した諫早湾問題に関するアンケート:実施の経緯と概略.日本ベントス学会誌, 73(2): 131–132.

資料3
折田 亮・佐藤正典・佐藤慎一・近藤 寛・松尾匡敏・東 幹夫・山西良平・Yusof Shuaib Ibrahim・松下 聖・下村真美 2019. 有明海における多毛類24種の分布:1997年・2002年・2007年の調査に基づく10年間の変化.日本ベントス学会誌, 74(1): 43–63.
山中崇希・佐藤慎一・松尾匡敏・佐藤正典・東 幹夫 2019. 諫早湾潮受け堤防閉切り後の有明海全域における水質・底質変化と二枚貝類・ヨコエビ類・多毛類の群集構造変化.日本ベントス学会誌, 74(1): 64–74.
大高明史・佐藤慎一・東 幹夫 2019. 潮受け堤防締め切り後の諫早湾干拓調整池における水生貧毛類群集の経年変化.日本ベントス学会誌, 74(1): 75–80.

資料4
首藤宏幸・松尾匡敏・佐藤慎一・東 幹夫 2020. 諫早湾潮受け堤防の締め切り後5年間の有明海中央部における底生端脚類群集の変化.日本ベントス学会誌, 74(2): 100–108.
近藤繁生・桃下 大・佐藤慎一・東 幹夫 2020. 1998年から2018年までに諫早湾干拓調整池から得られたユスリカ幼虫.日本ベントス学会誌, 74(2): 109–114.
佐藤慎一・東 幹夫・松尾匡敏・大高明史・近藤繁生・市川敏弘・佐藤正典 2020. 諫早湾干拓調整池における水質・底質ならびに大型底生動物群集の経年変化.日本ベントス学会誌, 74(2): 115–122.

日本ベントス学会誌



Plankton and Benthos Research



海岸動物の生態学入門

日本ベントス学会編,256頁,A5判,2020年9月,1800円+税
初版(2020年9月18日発行)の正誤表はこちら,2版における改訂内容はこちら

干潟の絶滅危惧動物図鑑

日本ベントス学会編,306頁,B5判,2012年7月,4800円+税
RDBリスト

海の外来生物

日本プランクトン学会・日本ベントス学会編,318頁,A5変形判,2009年10月,3200円+税

海洋ベントスの生態学

日本ベントス学会編/和田 恵次責任編集,474頁,A5判,2003年10月,5800円+税

日本ベントス学会事務局

事務幹事 遠藤 光(鹿児島大学 水産学部)
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